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名古屋高等裁判所 昭和54年(ネ)394号 判決 1980年10月29日

控訴人 倉知徳幸

被控訴人 国

代理人 太田健治 ほか五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  名古屋地方裁判所一宮支部昭和四七年(ケ)第四三号不動産競売事件につき作成された昭和五二年一〇月七日付配当表(更正)中被控訴人に対する配当額全額を取消す。

(三)  被控訴人は控訴人に対し金一〇万円及びこれに対する昭和五二年一〇月七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決並びに第(三)項につき仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人

主文同旨の判決を求めた。

第二当事者双方の事実上、法律上の主張

一  控訴人の請求の原因

(一)  名古屋地方裁判所一宮支部は江南市大字和田勝佐字西郷勝堂一〇五番地宅地六三一・四〇平方メートル(以下本件土地という)に関する同庁昭和四七年(ケ)第四三号不動産競売事件につき昭和五二年一〇月七日小牧税務署長の交付要求に基づき本件競売々得金から金六七万五二〇〇円を被控訴人に交付する旨の配当表を作成したので、控訴人は同日これに対し異議を申立てた。

(二)  控訴人は昭和四六年一〇月二七日訴外倉知廣吉から本件土地の贈与を受け、同年一一月一五日その旨の登記をしたものである。ところが、小牧税務署長は昭和四八年一二月五日控訴人に対し、右贈与につき課税価格(以下本件課税価格という)を金二一九万二六八〇円、贈与税額を金四三万二二〇〇円、無申告加算税額を金四万三二〇〇円とする決定(以下本件課税処分という)をした。小牧税務署長の前記交付要求債権六七万五二〇〇円は右贈与税額から控訴人が昭和五二年八月二〇日納付した金九八〇〇円を控除した残額金四二万二四〇〇円、右加算税金四万三二〇〇円及び延滞税金二〇万九六〇〇円の合計額である。

(三)  しかし、小牧税務署長は次の事由により右債権の交付要求をすることはできないものであるから、被控訴人に対する前記配当額は全部取消されるべきである。

1 控訴人が前記贈与を受けた当時、本件土地には株式会社東海銀行のため、名古屋法務局江南出張所昭和四四年二月二〇日受付第一七七八号及び同出張所同四六年九月六日受付第一〇二九八号の各根抵当権設定登記がなされていた。そして、本件課税処分後、本件土地が競売され昭和五一年六月二一日に一旦配当表が作成されたが、その一部が取消された結果、売得金から共益費用及び右各根抵当権者に対する配当額が控除され、所有者である控訴人に対する還付金は金四九万八三一四円になつた。右各根抵当権の被担保債権(以下本件根抵当債権という)の債務者訴外倉知建設株式会社(以下倉知建設という)は昭和四八年四月一八日破産宣告を受け、控訴人は同会社に対し求償権を事実上行使できない状況にあるので、控訴人の本件贈与による実質的利益は右の金四九万八三一四円である。ところで贈与税は受贈者が贈与により現実に得た利益に課税すべきものであるから(実質課税の原則)、本件贈与税の課税価格は右の四九万八三一四円でなければならない。本件課税処分は、右各根抵当権の負担を考慮しないで課税価格を決定したものであるから、本件競売による前記事実の発生により後発的に無効となつたものというべきである。

2 控訴人は本件贈与を受けた当時未成年であり、倉知建設は控訴人の父が代表者をしているものであるから、控訴人が同会社に対して求償権を行使することは不可能である。このような場合、民法八二六条の趣旨に照らして、本件贈与は控訴人の得た実質的利益の範囲内においてのみ有効であると解すべきである。またこのような場合、本件贈与は根抵当債務を本件不動産の価額の限度で負担する負担付贈与と解すべきである。

3 仮に本件課税処分が当然に無効とならないとしても、小牧税務署長は前記1の後発的事情を考慮し、税法上の実質課税の原則又は正義公平の原則により本件課税処分を更正すべき義務がある。しかるに小牧税務署長は右更正をすることなく、本件交付要求をしている。この交付要求は権利の濫用であり、不当利得をはかるものとして許されない。

(四)  小牧税務署長は右のような事由のあることを知りながら、その職務上の義務に違背して本件課税処分につき減額更正をすることなく、本件交付要求をなしたものである。そのため控訴人はやむなく弁護士に依頼して本訴を提起し弁護士費用一〇万円を支出した。よつて被控訴人は控訴人に対し損害賠償として金一〇万円及びこれに対する前記配当期日の昭和五二年一〇月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

二  請求の原因に対する被控訴人の答弁及び主張

(一)  請求の原因(一)及び(二)の各事実は認める。

(二)  同(三)の事実のうち、本件贈与が行われた当時本件土地に控訴人主張の各根抵当権設定登記がなされていたこと、本件競売々得金から共益費用及び右各根抵当権者に対する配当額を控除した残額が四九万八三一四円であること、本件根抵当債権の債務者倉知建設が破産宣告を受けたこと、本件課税価格は右各根抵当権の負担を考慮しないで決定されたこと、控訴人が本件受贈当時、未成年者であり、倉知建設の代表者が控訴人の父であることは認めるが、その余は争う。

(三)  同(四)の事実のうち小牧税務署長が本件課税処分につき減額更正をしないで本件交付要求をしたことは認めるが、その余は争う。

(四)  そもそも贈与税の納税義務は贈与により財産を取得したときに成立するものであり、その課税価格は贈与のあつた年中において贈与に因り取得した財産の価額の合計額とされており(相続税法二一条の二)、また贈与により取得した財産の価額は当該財産の取得時における時価によるとされている(同法二二条)。そして贈与財産に抵当権が設定されていても受贈者が受贈に際し、被担保債務につき債務引受をしたなどの事実がない限り、贈与財産の価額から当該被担保債務の額を控除して課税価格を決定すべきものではない。本件課税処分は適法に評価された贈与当時の本件土地の時価を課税価格としてなされたもので、右処分は適法に確定している。

控訴人は本件課税処分後に根抵当権実行により本件土地が競売され根抵当権者に対する配当等が控除された結果、本件課税価格に満たない金額が控訴人に還付されることとなり、かつ債務者に対する求償権の行使も事実上不可能であるから、前記課税価格に基づく本件課税処分は後発的事由により無効となつた旨主張する。しかし、行政処分が無効になるのは、その成立時において重大かつ明白な瑕疵がある場合に限られるから、本件課税処分後、控訴人主張のような事実が生じたとしても一旦有効に成立した本件課税処分が無効になるということはありえない。また、右のような後発的事由が生じたときは税務署長に課税処分の減額更正をすべき義務があるとする法律上の根拠は存しない。

贈与税は、所得税、法人税のように一定の期間の損益に基づく所得に対して課される租税とは異なり、贈与によつて取得した「財産」に対して課税されるものである。したがつて本件のように、贈与された財産に設定されていた根抵当権が後日実行され、その結果受贈者に還付された金額が右財産の取得当時の価額に満たないものであつても、右還付金は贈与税の対象となる財産ではなく、単に事後の競売による譲渡代金の残額にすぎず、贈与税課税の計算に影響を及ぼすものではない。また相続税法二二条の「時価」とは財産取得時における当該財産の現況での客観的交換価値をさすものであり、財産取得後、財産自体の変化や経済事情の変化でその財産の価値に増減が生じたとしても、それは考慮されないのである。控訴人主張のように、贈与の時点以後の事情を考慮することは、右のような贈与税の性質や、考慮の基準とすべき時点が曖昧であること等から見て、相当でない。したがつて控訴人の右主張は相続税法二二条の文言に反するばかりでなく、手続の安定性を害し課税価格の評価を不可能にするものである。また控訴人は受贈後、本件競落まで本件土地の所有権を享受してきたものであるから、控訴人が本件贈与により受けた利益が前記還付金額のみであるという控訴人の主張はこの点からしても相当でない。

元来、受贈者が根抵当権の滌除や被担保債務の弁済をした場合でも、受贈財産が保持されている以上、受贈者の右の任意の出捐により課税価格が変動し課税処分が後発的に無効になるということはできない。したがつて本件のように受贈者が右のような出捐を行わず受贈財産について任意競売がなされた場合にのみ課税処分がその基礎を失つたものとして受贈者を保護するのは公平を欠くというべきである。

第三証拠 <略>

理由

一  請求の原因(一)及び(二)の各事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、本件課税処分は適法に評価された本件贈与当時における本件土地の時価を課税価格としてなされたものであり、右処分は確定していることが認められる。

二  そこで先ず請求の原因(三)の1の主張について判断する。

控訴人が本件贈与を受けた当時、本件土地に控訴人主張の各根抵当権設定登記がなされていたこと、本件課税処分後、本件土地が競売され、その売得金から共益費用及び右各根抵当権者に対する配当額を控除すると所有者である控訴人に対する還付金が金四九万八三一四円であること、本件根抵当債権の債務者倉知建設が昭和四八年四月一八日破産宣告を受けたこと、及び本件課税価格が右各根抵当権の負担を考慮しないで決定されたことは当事者間に争いがない。しかし本件課税処分後、右のような事実が発生したとしても、一旦有効に成立した本件課税処分が後発的に無効になると解することはできないから、控訴人の請求の原因(三)の1の主張は採用できない。

三  次に請求の原因(三)の2の主張について判断する。

控訴人が本件贈与を受けた当時未成年者であつたこと、倉知建設の代表者が控訴人の父であることは当事者間に争いがない。しかしそうであるからといつて控訴人が倉知建設に対し本件求償権を行使することが不可能であるとはいえないし、控訴人に本件土地を贈与した倉知廣吉は控訴人の祖父であること(この事実は本件弁論の全趣旨により明らかである)からすれば、本件贈与が民法八二六条の規定の類推により一部無効になると解すべきいわれは全くない。また控訴人は本件贈与を受けるにあたり、本件根抵当債務を引受けたものではない以上、本件贈与をいわゆる負担付贈与とみることもできない。したがつて控訴人の請求の原因(三)の2の主張はいずれも理由がない。

四  次に請求の原因(三)の3の主張について判断する。

本件課税処分において本件課税価格が本件各根抵当権の負担を考慮しないで、贈与当時の時価により金二一九万二六八〇円と決定されたこと、本件課税処分後、本件土地が競売され、右各根抵当権者に対する配当等を控除すると、控訴人に対する還付金が金四九万八三一四円であることは前記認定のとおりである。しかし、控訴人は受贈後、本件競落に至るまで本件土地の所有権者としての利益を享受してきたものであるといえるし、控訴人の倉知建設に対する求償権の行使が全くできないものと認め難いことも前示のとおりであるから、控訴人の本件贈与により得た実質的利益が右還付金のみであるということはできない。したがつて右還付金の額を本件課税価格とすべきであるとの控訴人の主張は失当である。また、本件のように贈与税の課税処分後に贈与財産が競落された場合、課税庁が先になされた課税処分を変更できる旨の法の規定はなく、現行法はこのような場合、課税処分の変更を許さない趣旨と解されるから、小牧税務署長において本件課税処分につき減額更正をする義務があるということはできない。したがつて、同税務署長の本件交付要求を目して権利の濫用であるということはできないし、また右交付要求により配当を得たとしてもこれにより不当利得が成立するいわれもない。控訴人の請求の原因(三)の3の主張も理由がない。

五  そうすると、控訴人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも失当であつて棄却を免れない。よつてこれを棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 秦不二雄 三浦伊佐雄 高橋爽一郎)

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